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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2006/11/28

日本に金銀山水八卦背八角鏡より古い魚々子地があった


「日本の美術330号飛天と神仙」をパラパラとみていて魚々子らしいものが目に入った。天武14年(686)作とする説が有力な長谷寺の「銅板法華説法図」には、胡座をかいた飛天の回りに泡のように魚々子が表されている。    
そして、東大寺の八角燈籠は開眼供養時、天平勝宝4年(752)の遺品とみられているのだが、その中台側面にも魚々子地が見られる。
同書は、宝相華に混じって飛翔する天人像が表されている。魚々子地に線刻された姿は片手に華盤を持ち散華するさまを表現しており、片膝を曲げて飛遊するかたちは法隆寺金堂壁画像を想起させるという。
私には何を表しているのかさっぱりわからない。

上図に比べると薬師寺蔵「矩形唐草紋金具」は唐草や魚々子地の技が格段に上であるように思う。時代が明記されていないが、東大寺の魚々子地よりも古いのではないだろうか。
ところが、「日本の美術358号唐草紋」は、唐代になって新たに登場した金工技法に魚々子がある。毛彫ないし蹴彫によって紋様を線刻し、地に魚々子鏨を打ったもので、サーサーン朝の銀器にみえ、この技法が西域経由で中国に伝わったのであるという。
「世界美術大全集東洋編4隋・唐」で中野徹氏は、金銀器の装飾に魚々子を打つのは中国固有の手法かと思われるという。
それについてはこちら
こうなると、ササン朝の金工品を調べないわけにはいかない。

※参考文献
「日本の美術330号 飛天と神仙」1993年 至文堂
「日本の美術358号 唐草紋」1996年 至文堂