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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/12/07

第62回正倉院展4 大きな銀壺にパルティアンショット


大きな銀壺だった。照明を落とした展示室では黒っぽいものが四方から見られるケースに収められているくらいにしかわからなかった。その上、照明が偏っているために、見える部分と見えない部分があり、少し目を移すと、それまで見えていた箇所が見えなくなってしまったりした。


銀壺(銀の壺) 正倉院南倉 口径42.2胴径61.9壺高43.0(台は別)
同展図録は、表面には鏨で文様を線彫りし、文様と文様の間には細かな魚々子を打っている。文様は、12人の騎馬人物が羊や鹿、カモシカ、猪、兎などを追って山野を駆けめぐる狩猟図で、器面全体にそれが雄大な広がりをみせる。口縁と底部付近には葡萄唐草の文様帯を廻らせて、狩猟図の天地を引き締めている。受け台にも野原を疾駆する騎馬人物や獅子、虎、飛鳥や蝶、さらには有翼馬の姿も表されているという。 
騎馬人物は、前方に右逃げる動物を追う者もいたし、馬上で後方を向いて弓を構えるパルティアンショットの者も少なからずいた。
下図の中央に後ろを向いている人物は弓を構えていないし、獲物が前後に見えないので、狩猟の指揮者だろうかなどと話しながら、銀壺の周り少しでもよく見えるように、身を伸ばしたり、屈めたりしながら回った。
パルティアンショットの人物は、後ろ向きに逃げる角の曲がった羊に矢を向けている。そのような緊迫した場面の上下に草花や蝶が表され、鳥は馬と同じ方向に飛んでいる。
こちらは大きなイノシシに追われているのだろうか、それとも、イノシシを追い越してパルティアンショットで射るという高度な技術を楽しんでいるのだろうか。
馬と人の姿といい、弓といい、上図と全く同じだ。同じ型を使って輪郭を刻み、細部は多少異なる仕上げとなっているようだ。
こちらは受け台のパルティアンショット。ヒョウを狙う者と馬の構図が上の2図とは少し異なっているのは凹面に文様を刻んだためだろうか。
同数とは言わないまでも、狩りをする者のかなりの数がパルティアンショットの体勢をとっていた。

文様の刻線はきわめて精緻で破綻がなく、稠密に打たれた魚々子は図柄を効果的に浮き立たせている。狩猟の光景の精彩さからも、本品の製作地は中国・唐と考えるのが妥当である。狩猟文を描いた金銀器は唐代に作例が多く、葡萄唐草や有翼馬など西域的なモチーフが中国的も隋・唐代に好まれたものである。おそらく遣唐使らによってわが国にもたらされたものが、称徳天皇のはからいで東大寺に献納されたのだろうという。
これだけ大きな器に小さな魚々子を横に並べて打つ技術の精密さからも、唐つくられたのだろうと思った。

※参考文献
「第62回正倉院展目録」(奈良国立博物館監修 2010年 財団法人仏教美術協会)