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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/10/04

アテネ国立考古博物館 ミケーネ4 象嵌という技術



円形墓域から出土したと思われる象嵌された青銅の短剣が数点展示されていた。


連続渦文の短剣 円形墓域A、Ⅴ墓出土
「アガメムノンのマスク」の下の方に展示されている短剣(横向き)。
表裏が連続渦文で埋め尽くされている。一つの渦は、縦横斜めにかかわらず、隣接する渦から伸びた茎が中央へ巻き込まれ、あるいは中央から伸びて、それぞれ別の渦に巻かれていく。4-6本の茎(茎かどうかはわからないが)が一つの渦巻を作っている。
渦巻の中央に何かある場合とないものとがあるが、この作品は上から見た花文や粒状の花心など数種類が渦の中心に配されていて珍しい。
獅子狩り図の短剣 前1550-1500年頃 円形墓域A、Ⅳ墓出土 ブロンズ 金銀ニエロ象嵌 長さ23.8㎝
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、「金属による絵画」と称せられるその技法はシリアから伝わったとされている。非常に精巧な図柄が表されるが、この例のように黒金(ニエロ)が図柄の背景に用いられる場合、工程は、まず図柄となる金、銀、琥珀金、青銅の切片が青銅の細長い板上に配置され、銀、銅、鉛、硫黄を成分とするニエロの粉末で覆われた後、熱せられてニエロが溶かされる。冷めて固まったニエロで図柄が固定されると、表面が磨かれ、余分なニエロが除かれ、短剣に装着されるという。
ニエロ象嵌は、青銅に図柄を彫り込んで、そこに金や銀を形に成形したものを嵌め込むという、いままで知っていた象嵌の技法とは異なるものだった。

襲いかかるライオンに4人が槍で応戦し、すでに1人は倒れている。
ここではミケーネの2種類の楯が表されている。どちらも大きいが、その内の一つが8の字型の楯で、壁画に見られるように、牛の皮のような文様も見られる。

パピルス沼地図の短剣 前1550-1500年頃 円形墓域A、Ⅴ墓出土 ブロンズ 金銀ニエロ象嵌 長さ16㎝(全体)
同書は、パピルスが繁る水辺で猫が水鳥を襲っている光景が象嵌されている。この図柄の主題は1世紀後のエジプトの壁画に見られるが、素早い動きの瞬間を捉えた表現はミュケナイ的と評される。これらの短剣をクレタ島の工人の作とする説があるが、いままでのところクレタ島にはニエロ象嵌の技法による製品はまったく知られていないという。

きっとこのような「ナイルの光景」の図柄が、エジプトからもたらされた製品にあったのだろう。

ユリ図の短剣 円形墓域A、Ⅴ墓出土
一転武器には不似合いな花文が象嵌されている作品もあった。花弁は2枚しか表されていないが、突き出た3つのオシベからユリだとわかる。
ユリが刀身の象嵌と、柄に張り付けた金の薄板もユリで埋め尽くされている。 

ミケーネの象嵌の技法はシリアから伝わったとされるが、前16世紀後半と考えられているミケーネの作品よりも古いものは、シリアでは見付けることができなかった。


象眼飾りの闘斧(部分) 前14世紀 銅・金・鉄 長さ20.2㎝ ダマスカス、シリア国立博物館蔵
『世界の博物館18シリア国立博物館』は、当時の金属精錬技術の高さを象徴する作品。柄の付け根部分は銅製で、猪と2頭の獅子が鋳造され、一面に花弁や線文様などが金で象眼されている。刃はニッケルと炭素を含んだ鋼鉄製で、いまでは酸化が著しい。ツタンカーメン王の墓出土の鉄の短剣よりも古く、鍛鉄製武器としては最も古いもののひとつであろう。ユーフラテス川上流のミタンニ王国からもたらされた可能性があるという。
ミケーネのニエロ象嵌よりも時代が下がるのに、技術としては稚拙だ。だからといって前16世紀にミケーネに伝わるほど進んだ象嵌の技術がなかったとは言えない。
ウガリット王妃の頭部像(部分) 前14世紀末-13世紀初め 象牙・青銅・金 高さ12.2㎝ シリア国立博物館蔵
同書は、王妃と思われる女性の頭部を1本の象牙で丸彫りしたもの。頭に宝冠状のものをかぶり、額に波状にはみだした頭髪には金を象嵌し、大きな眼には宝石の象嵌のあとがみられる。端正な顔だちに愁いをたたえた眼は、ウガリット宮殿に生起したさまざまな事件と歴史を語りかけるようだという。
小さな作品だが、この髪の生え際の細かい同心円状の金象嵌は印象に残っている。

しかし、金属の象嵌はシリアやミケーネに始まった技術ではない。
どこで始まったのかはわからないが、今わかる最古のものはアナトリアの青銅器時代のものだ。

スタンダード(牡鹿、部分) 前3青銅器後半 トルコ、アラジャ・ホユックB墓出土 青銅、銀 高52.5長26㎝ アンカラ文明博物館蔵 
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、アラジャ・ホユックは、背後にアナトリア有数の鉱山地帯を擁す格好の位置にあり、青銅器時代前期の層からは、豊富な副葬品の納められた墓が合計13基発見された。
アラジャ・ホユックの副葬品のなかで出色なのは、なんといっても「スタンダード」と呼ばれる青銅製品であろう。これらはいずれも基部に柄に差し込めるような形の茎が作り出されており、柄に差し込んで用いられた祭器であったと考えられる。
本体は鋳造による青銅製であるが、この角を含めた頭部は薄い銀の板によって覆われている。胴には銀の象嵌による装飾が顕著に認められ、背中には直線が引かれ、胴の両側には二重の同心円文が7つずつ配され、頸の部分には3本からなるジグザグ文が巡らされている。さらに肩と腰の上部には、十字文が2対2組で配されるという。
これらの象嵌は、どれもが線状のもので、ミケーネのもののように面で表してはいない。
このニエロ象嵌という技術はどこから伝わったのだろう。それともミケーネ独特のものだったのだろうか。

アテネ国立考古博物館 ミケーネ3 瓢箪形の楯は8の字型楯
                      →アテネ国立考古博物館 ミケーネ5 貴石の象嵌

関連項目
アテネ国立考古博物館 ミケーネ7 円形墓域Bの出土物
アテネ国立考古博物館 ミケーネ6 ガラス
アテネ国立考古博物館 ミケーネ2 円形墓域A出土の墓標
アテネ国立考古博物館 ミケーネ1 アガメムノンの黄金マスクとはいうものの

※参考文献
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館
「世界の博物館18 シリア国立博物館」 増田精一・杉村棟 1979年 講談社