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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/04/25

アクロティリ遺跡の壁画5 サフラン摘みの少女



切石建築3号は壁画が多く出土している。現在はテラ先史博物館に収蔵されているらしいのだが、展示はされていなかった。

1階の1-4に壁画があったという(『ギリシア美術紀行』より)。
建物の東側からみると、左の階段の隣の第4室、続いて第3室、手前に第2室と第1室(写っていない)になる。
北側から見ると、55のポールの向こう、ポリシラの手前が第3室になる。どこからも見えにくい部屋だった。

『ART AND RELIGION IN THERA』(以下『THERA』)は、切石建築3号の絵画プログラムは、若い女性たちの通過儀礼を含む自然界の再生を祝う祭儀に関係付けられてきた。
建築的には、清めの浴室(至聖所)は1階の中心である。建物の北の端にあり、支柱のある扉(ポリシラ)によって連結された複数の部屋によって入口から離れている。 
2・3・4・7はかなり広い部屋で、多くの人が集まることができた。
至聖所は支柱のある扉が閉まった状態では、他者の視線を遮ることができた。
入口に近い5の階段は一般に使用され、小さい方の8の階段は至聖所に近いので、選ばれたものだけが使うことが出来た。
至聖所は選別の場所である。段を下りて行く者を残りの参加者と異なるレベルに導いたであろう。この行為は地上あるいは現世と黄泉の国と交信するという象徴的な意味があっただろう。建物にもフレスコ画にも浄めや水の使用を示すものはない。クレタの類似した構造をエヴァンスが名付けた「浄めの浴室」という言葉はアクロティリの至聖所に全て当てはまるわけではないという。

サフラン摘み 2階第3室東壁 244X266㎝ テラ先史博物館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』(以下『世界美術大全集3』)は、女性のみが参加した経済的な活動である「サフラン摘み」の様子を表現した壁画も出土している。
サフランが咲き乱れるごつごつした岩場で、二人の少女がサフランを摘む様子が描かれている。
少女の不安そうな面持ちとその前にいる厳しい表情の青年女性は、サフラン摘み自体が通過儀礼の一部であることを示すものかもしれない。そしてこの儀礼は女神により統括されているのだろうという。
この女神は後ほど。
同書は、横顔の少女は、輪郭線がくっきりとして見事な表現となっている。
「サフラン摘み」の主題は、古くはクレタ島クノッソス宮殿第1宮殿期の壁画にも見られ、単なる日常の所作ではなく、宗教儀式の一部ではないかと考えられている。サフランが薬用または染料として古くから利用されていたことは、ホメロスの叙事詩やギリシア神話に語られている。サフランで染められた織物として忘れてはならないのが、4年に一度アテナ女神に奉納された神衣ペプロスである。輝くサフラン色のペプロス奉納の神事は、クラシック期のパルテノン神殿フリーズ彫刻の東面に、パンアテナイア祭の行事のクライマックスとして描写されているという。
パルテノン神殿のペプロス奉納の場面はこちら

2階第3室想像復元図 北壁と東壁
続く北壁にも、一部にサフラン摘みの場面が表されている。
動物たちの女王とサフラン摘み 2階第3室北壁 230X322㎝ テラ先史博物館蔵
同書は、場面はテラ島の風景内に設定されており、また荘厳な階段付き玉座に座った威圧的な女性像の前で繰り広げられている。この女性の足もとには大きな籠が置いてあり、サフランを集めている女性たちは、小さな籠からこの容器へとサフランを移しているという。
同書は、女性座像の両脇には異国的な動物である猿と、空想上の動物のグリフォンが控えている。女性座像の背面から頭の真上に突き出すように蛇の装飾品がつけらており、またこの女性は水棲動物(アヒル)と昆虫(トンボ)の形をもつ三重の数珠玉(ビーズ)の首飾りを巻いている。言い換えると、この人物は、想像世界(グリフォンに代表される)と現実世界(猿)、空中生物(昆虫)と水中生物(アヒル)、地中生物(蛇)を含む、全動物界と関連していることになる。この女性のもとでサフランが集められ、また全体の構図のなかでの彼女の顕著な位置から、この女性を偉大な「自然の女神」と解釈することも許されるだろうという。
アヒルやトンボの形をしたビーズってファイアンス?ガラス?気になるなあ。
と思っていたら、『THERA』にそのスケッチが載っていた。

同書は、首飾りは、ビーズ、アヒルそして昆虫の3連である。昆虫はトンボだった。どれも沼地や池に通じるもので、クロッカスの花模様の衣裳を着けた、クロッカスの咲く地の女神は、同時に沼地の生き物の女神でもあるという。
残念ながら、これらの首飾りが何でできていたかには言及されていない。

真下の部屋にも壁画が発見されている。

崇拝者たち 1階第3室「清めの浴室」北壁 143X391㎝ テラ先史博物館蔵
同書は、3人の女性が、右方の、東壁上に描かれた、「聖なる角」で飾られた構築物に向かって進んでいる。この祭壇に向かう3人の女性のうち、中央の女性は足の親指から血を流しており、痛みをこらえて岩に腰を下ろしている。右端の女性は、半透明のヴェールをかぶっており、傷ついた仲間に同情するかのように、半分剃った頭をぐいと振り向けている。腰布が男性の通過儀礼の完了を意味したように、ヴェールが女性の通過儀礼の完了を示しているかもしれない。左端の女性は傷ついた少女の方へ、水晶の首飾りを差し出しながら軽やかに近づいてくるという。
犠牲の祭壇 1階第3室「清めの浴室」東壁 想像復元図
同書は、「聖なる角」に滴り落ちる赤い液体から推測して、そこにはおそらく戸外の犠牲の祭壇が描かれていたものと思われるという。
祭壇の中央には2列にわたってユリのモティーフが並び、その外側三方を連続渦巻文が巡っている。

その清めの浴室北壁と東壁の想像復元図
ある扉は閉まり、あるものは開いている。広い開口部から少女が何かを持って至聖所に入って行く。背後には大人の女性が大きなリュトンを、左手で把手を持ち、右手で尖った底を持って運んでいる。
ポリシラは、遺跡に残っているものからは想像しにくいものだった。木製の枠は幅があり、扉は観音開きになっている。

そして、1階と2階を吹き抜けにした壁画の想像配置図(左より、南・西・北壁)。
1階右下の段のある箇所が「清めの浴室」とされているところ。
クレタ、クノッソス宮殿西翼の玉座の間の隣にも、同様の段のある凹んだ場所があった。
エヴァンスは「清めの浴室」としているが、『クノッソスミノア文明』は「清めの場」であるとし、「清めの場」は地面を掘り込んで床より低いレベルに設けられた長方形のスペースで、そこへ降りるための数段の階段が取りつけられている(排水設備がないので、浴室とは考え難い)という。

アクロティリはミノア文明のかなり広大な街の遺跡で、発掘調査されているのはごく僅かということだった。その限られた区域に、これだけ壁画の残る建物があり、また、それぞれが何かの儀式のための部屋を飾るものだったということは、港に近いこの一画は祭祀センターのようなものだったということなのだろうか。

アクロティリ遺跡の壁画4 ボクシングをする少年

関連項目
クレタ島3 クノッソス宮殿3
アクロティリ遺跡の壁画1 春のフレスコ(ユリとツバメ)
アクロティリ遺跡の壁画2 パピルスと婦人たち
アクロティリ遺跡の壁画3 舟行図

※参考文献
「ART AND RELIGION IN THERA  RECONSTRUCTING A BRONZE AGE SOCIETY」 Dr.NANNO MARINATOS  ATHENS
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「クノッソス ミノア文明」 ソソ・ロギアードウ・プラトノス I.MATHIOULAKIS