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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/05/13

生命の樹の枝が巻きひげに



パルテノン神殿の破風頂部を飾るアクロテリアの起源は、ひょっとすると、アンフォラに描かれた生命の樹ではないだろうかと思い当たった。
それについてはこちら

プロト・アッティカ式アンフォラ 前660年頃 ポリュフェモスの画家 高さ142㎝ エレウシス考古博物館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、なお幾何学様式の陶器装飾法の名残をとどめるものの、文様自体は花文と葉文が集まって一本の木となり、あるいはロータス、パルメットといった、その後のギリシア文様の基本となる植物文様が登場している。しかし、そうした文様を脇役に押しやって画面の中心に躍り出たのが人物像である。
ホメロスの『オデュッセイア』に取材したオデュッセウスのポリュフェモス退治で、二人になっているものの、その家来たちとともにオデュッセウスが怪物ポリュフェモスの巨大な独眼に槍を突き立てているという。
「一本の木」は左の黒い人物の足の間に描かれた、2枚の葉の上に大きな花が咲いているような図柄のことである。それが「生命の樹」だった。

前で片足を上げているのがオデュッセウスで、後ろの家来の一人は地面に両足を踏みしめ、というよりもポリュフェモスの足を左足で踏んでいるのだが、その足の間に生命の樹が地面から生えている。

それに次ぐ壺にも、生命の樹は描かれている。

メロス島のアンフォラ 前650-630年頃 高さ95㎝ メロス島出土 アテネ、国立考古博物館蔵
頸部の戦士や胴部のグリフィンの足の間には、地面から生え出た生命の樹が、パルメットのようになり、かつ葉が渦巻いている。この図柄は、ネアンドリア出土のプロト・イオニア式柱頭(前6世紀前半)を思い起こさせる。
それだけでなく、鳥グリフィンの胴体の下には、宙に浮くパルメット文がある。それは上下にパルメット、巻きひげは連なってS字形の蔓のようになっている。アンテミオン(パルメットとロータスの組み合わせ文様帯とされる)の原形がここに誕生したかのようだ。
その裏面には、渦巻やパルメット状のモティーフがあらゆるところに、大小織り混ぜて描かれている。アテネ考古博物館では裏側まで見る余裕がなかったのが残念。
向かい合う乗馬像の間に描かれてている、渦巻が4つあるX字形のものは、生命の樹で間違いないだろう。頸部には、もっと大きな生命の樹がある。
双方の馬の後肢の間には、小さな双葉形の生命の樹。高い高台にもパルメットのすぼんだ双葉形の生命の樹。
表側の写真でははっきり写っていないが、胴部下半分にはS字形渦巻文が、上は小さなものが、下は大きなものが、2段並んでいる。どちらも小さなパルメットが出ていて、表側の鳥グリフィンの胴の下に描かれたS字形渦巻文を、連続させて横に並べたようだ。

その後、この生命の樹は複雑さを増していった。

アッティカ黒像式ディノス 前580-570年頃 高さ71㎝(支え台含む) ロンドン、大英博物館蔵
この向かい合う鳥グリフィンの間に表された複雑なモティーフも生命の樹なのだろう。
渦巻は組紐状になり、アッシリアの生命の樹を思い起こさせる。
アッシリアの生命の樹については後日 

アッティカ黒像式頸部アンフォラ 前540-530年頃 アマシスの画家 ヴルチ出土 高さ33㎝ パリ、国立図書館メダイユ室蔵
複雑な生命の樹は、頸部を巡るパルメットとロータスの文様帯となっていったようだ。
そして胴部には、神話の場面がこちら側と向こう側の2箇所に描かれているが、その2つの場面を隔てる文様が、把手の下に表されている。そこには、何重にも渦巻く大きな4つの巻きひげと、その間から出る小さな花などが描かれ、頂部にはパルメットが大きく表されている。これは茎も幹もないが、やはり生命の樹だろう。

このようなギリシア風生命の樹に、やがてアカンサスの葉が合体してできたのが、アテネ、アクロポリスのパルテノン神殿の破風上を飾ったアクロテリア(前438-432年頃)。

と思っていたのに、アテネ考古博物館にあったアクロテリアの方が古いかも。

アクロテリア 前440年頃 大理石 スニオン岬、ポセイドン神殿出土 アテネ考古博物館蔵
説明板は、巻きひげ、アカンサスの葉とアンテミオンで装飾されている。東破風(ペディメント)の中央アクロテリアだった。前440年頃という。
この「年頃」という年代は微妙であるが、パルテノン神殿のアクロテリアが下限の前432年頃につくられたとすれば、こちらの方が古いことになる。
巻きひげやパルメットが多く、複雑な構成だが、洗練されているかいないかで制作時期を決めるなら、こちらの方が早いといえる。
根元の中央から出ている三枚の葉は、往時の生命の樹を彷彿させる。
頂部やその下の段から出ている葉は、パルメットよりもフェニックスの葉に近いが、その下になると、アカンサスの葉のようでもある。
このようなフェニックスのギザギザした葉の輪郭が、後世アカンサスの葉と呼ばれるギザギザの葉になっていたのかも。

  アクロテリアは生命の樹←  →ギリシアの生命の樹の起源はアッシリア

関連項目
生命の樹を遡る
ギリシア神殿3 テラコッタの軒飾り
ギリシア神殿5 軒飾りと唐草文
エピダウロス3 考古博物館に神殿の上部構造
オリンピア考古博物館3 青銅の鼎と鍑(ふく)
オリンピア4 博物館1 フェイディアスの仕事場からの出土物
オリンピア5 ゼウス神殿
オリンピア9 ヘラ神殿界隈

※参考文献
「オリンピアとオリンピック競技会」 ISTEMENE TRIANTI,PANOS VALAVANIS 2009年 EVANGELIA CHYTI
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「図説ギリシア エーゲ海文明の歴史を訪ねて」 周藤芳幸 1997年 河出書房新社
「世界歴史の旅 ギリシア」 周藤芳幸 2003年 山川出版社
「唐草文様」 立田洋司 1997年 講談社選書メチエ