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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/05/27

生命の樹を遡る



生命の樹はナツメヤシを指している。実際にはどんな木かというと、

エジプト、サッカラの階段ピラミッド近く
木の形は日本のソテツに似ている。『山渓カラー名鑑日本の樹木』はソテツについて、茎は太い円柱形で葉の落ちたあとが全面にある。葉は長さ0.5-1.5mの大形の羽状複葉で、茎の先に叢生する。高さ1-5mになるという。ナツメヤシの形状はそのまんまだが、エジプトのナツメヤシ園や道端に生えている高いものは、10mくらいありそうだった。
ところが、ギリシアにもナツメヤシが植わっていたが、どれも低いのだった。

テッサロニキ、パナギア・ハルケオン聖堂敷地内
エジプトや中近東ではなく、ギリシアでナツメヤシの花(雄花)を見ることになろうとは。
サントリーニ、フィラ郊外のホテルの庭
こちらは間近で見た、背が低くて驚いたが、若いナツメヤシかも。実がなってたが青かった。
フィラの街中で
実は熟していた。取って食べてみたかったが、低いナツメヤシといっても、手が届かない程度には高かった。

さて、このようなナツメヤシは、どのように表現されてきたのだろうか。アッシュルナツィルパル2世の宮殿壁面に浮彫された組紐のような生命の樹から遡ってみた。
かなり広範囲にわたってナツメヤシが表されていた。

聖樹 新アッシリア時代、前875-860年 イラク、ニムルド、北西宮殿B室出土 アラバスター 大英博物館蔵
『アッシリア大文明展図録』は、幹には3カ所にわたって、水平な継ぎ目があり、その各々から角のような形をした若芽と渦巻が出ており、その頂点には山形の文様が描かれている。アッシュール・ナシルパルⅡ世の治世において、呪術的な彫刻には頻繁に聖樹が描かれた。S・パルポラの説によれば、聖樹はメソポタミアの宗教思想において、高度に秘密的な意義を有していたとされる(Parpola 1993)という。

様式化された樹木と動物 円筒印章の印影 カッシート王朝~イシン第2王朝時代、前12-11世紀 出土地不明 暗緑色の石 7.4X1.7(1.9)㎝ オックスフォード、アシュモーリアン美術館蔵
『東洋編16西アジア』は、カッシート時代に流行していた三角縁金粒細工のキャップを印材に模刻した印章という。
松毬のような小パルメットがナツメヤシの木を囲んでいる。その形はナツメヤシの葉とは全く異なったものだ。幹を囲むのは3つで一組、巻いた萼がある。
葉と幹の境目に継ぎ目があるが、巻きひげやパルメットは、幹から出てはいない。ニムルドの聖樹ができていく上で、影響を及ぼしたものかもしれない。

牛人間と棗椰子 インシュシナク神殿正面の装飾 エラム中王国時代、クティル・ナフンテとシルハク・インシュシナクの治世、前12世紀 焼成煉瓦 高さ137㎝長さ37㎝ スーサ、王都のアパダナ(謁見の間)出土
『メソポタミア文明展図録』は、牛人間は悪の力を退ける門番という伝統的役割を担う。しかし彼らの職務はそれだけではない。実をつけた棗椰子、すなわち、ほとばしる水から生じる植生の象徴との組み合わせは、さらに養育者の役割を表しているという。

羽状複葉は直線的に、小さな実のたくさんの集まった房は球状に、すっきりと表されている。牛人間はその房の一つを引き抜こうとしているかのようである。
ニムルドの聖樹とは別物のよう。

ハープ奏者を伴う儀式図? エラム中王国時代、前14-12世紀? 出土地不明 緑色碧玉 1.9(2.3)X1.0㎝ 大英博物館蔵
エラムの生命の樹の幹と葉は実物に近い表現だが、葉と幹の境目からは上向きの巻きひげ、その下にも巻きひげのようなもの、更に根元には葉や巻きひげが出ている。幹を三分割するという点では、ニムルドの聖樹に繋がるものかも知れない。
しかし、生命の樹を取り囲むものはない。

壁画図 中期アッシリア時代、前1244-1208年頃 アッシュル、トゥクルティ・ニヌルタ1世の王宮テラス出土
『東洋編16西アジア』は、アッシリアは前14世紀初頭にミタンニの支配下から抜け出し、美術の分野でもミタンニの影響をアッシリア独自の様相が見られるようになる。アッシリア美術の基本的なスタイルが形成されたのは、このころのことであるという。
この壁面の下半分には生命の樹が3つ描かれている。
左右のものはよく似ていて、生命の樹の葉を囲むパルメットが数個表され、幹の下側にも蔓状の茎で繋がったパルメットが幾つかある。
中央のものは葉の周囲には何も表されていないが、根元からは左右対称に茎と葉が出ている。
これは聖樹を荘厳したいという気持ちの表れだろうか。

水流を発する神、樹木など 円筒印章の印影 カッシート王朝時代、前14-13世紀 ギリシア、テーベ出土 ラピスラズリ 4.9X1.6㎝ ギリシア、テーベ考古博物館蔵
ナツメヤシを見たことのない人が描いた生命の樹のよう。
それでもニムルドの聖樹のように、3つの繋ぎ目がある。

浮彫で飾られた容器 前14世紀 アッシュル出土 アラバスター 15.8㎝ ベルリン国立博物館西アジア美術館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、胴体部分には、優雅な形態を見せる棗椰子の樹を中央に、左右から牡牛が飛び掛かる場面が彫り出されている。中期以降のアッシリア美術に頻繁に見られる意匠が、躍動感をもって表現されていて、アッシリア美術の伝統が確実に形成されていくようすがわかる。左右対称形の棗椰子の樹は、のちに形を変えて「聖樹」となったという。
ナツメヤシの上向きの葉と葉の間からは1本ずつ茎が出て、葉より高い位置でパルメットを付けている。
根元の方はわからないが、幹にはニムルドの聖樹とは異なるが2箇所に結び目のようなものがみられる。これは後の時代にフェニキアで制作されたとされるニムルド北西宮殿出土のスフィンクス(前9-8世紀)に、捻れた蔓でつながったパルメットに似ている。そこからは、更にパルメットを伴う蔓が伸びている。
反り返った萼もあり、上エジプトの百合とは関係なかったのかも。

有翼獣と生命の樹 円筒印章の印影 ミタンニ王国時代、前15-14世紀 出土地不明 淡紅色碧玉 2.9X1.5㎝ 大英博物館蔵
やはり3つの繋ぎ目があり、それぞれから巻きひげやパルメットと思われるモティーフが左右対称に出ている。

マリ王宮の壁画 古代バビロニア時代、前18世紀 シリア、テル・ハリリ出土 175X250㎝ ルーヴル美術館蔵
『東洋編16西アジア』は、いわゆる「ジムリリム王の王権神授の図」と呼ばれるこの作品は、壁土の上に直接描いたものである。中央に枠に囲まれた場面が描かれ、さらにその外側に、動物あるいはスフィンクスが3列に並び、つぎに高い椰子の木とそれに登る一組の人間、そして場面全体を見守るようにして立つ女神が、左右ほぼ対称に同様な配置で表されているという(この図の左側に王権神授の図が描かれている)。
これがナツメヤシの最も実物に近い自然な描写である。  

有翼日輪の下の王と女神 円筒印章の印影 古代シリア、ヤムハド王国時代、前18世紀 出土地不明 赤鉄鉱 2.4X1.0㎝ パリ国立図書館蔵
やはりナツメヤシを表したものだろう。葉の付き方はともかく、古い葉が落ちた跡が全面にある様子を表現しているような幹となっている。
このような幹から、次第に3分割された継ぎ目が出現していったのかも。 

植物崇拝の図 円筒印章の印影 ウル第3王朝、前2112-2104年 高さ2.1㎝直径1.2㎝ メソポタミア出土 ルーヴル博物館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、様式化した木、すなわち壺に挿した棗椰子が祈りの仕草をする2人の神に挟まれている。また、立った棗椰子が示唆するような、植物の発芽を助けることもシャムシュの有益な働きであるという。

ナツメヤシの木というよりも、ナツメヤシの葉を1本器に立てているように見える。

神殿での灌奠場面を描いた碑 前3千年紀末 石灰岩 高さ84.3㎝長さ61.5㎝ イラン、スーサ出土 メソポタミア起源 ルーヴル博物館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、ハンムラビ法典を飾る浮彫のように、これも神と王の対面を表現している。左の王は襞付きの長いローブを着て、水平方向の膨らみで表した髭を生やしている。彼は棗椰子の一葉と二房が出た双円錐形の祭壇に灌奠液を注いでいる。
灌奠の儀式は、国土の肥沃と繁栄の保証者たる王の役割を示している。描かれた神はおそらくシャムシュである
という。

こちらは間違いなく葉のようだ。ナツメヤシを神に捧げるのだとすると、小さな苗か、このように、大きく育った樹の葉と実の房というのが適当な大きさだろう。

棗椰子の装飾のある石製容器 前2500年頃 緑泥岩 高さ7㎝直径11.1㎝ イラン、ケルマン地方出土 ルーヴル博物館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、メソポタミアの図像体系では、棗椰子は恵みの水から生じる植物の成長をしばしば象徴し、また「生命の樹」を意味した。イラン南東部でも同様の事情で広く栽培され、ケルマンとバムの中間地帯では棗椰子が多くあったという。
神に捧げるものではなく、大地に大きく育ったナツメヤシの林を表しているようだ。

描写の豪快さが気に入ったナツメヤシの図であるが、この器は高さ7㎝と、非常に小さなものだった。大きさというものは書物を開いて、記述されている大きさを見ても、なかなか見当がつかない。現地ないし博物館で実物を見て初めて、その大きさや小ささが分かる。

動物や植物と幾何学的装飾のある大鉢 前4000年頃 高さ30㎝直径36.7㎝の部分 イラン、テペ・シアルク出土 ルーヴル美術館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、巻き葉をつけた大枝という。

これがどんな植物を表したものかわからない。もしナツメヤシなら、これが現在わかる最古のもの、そうでないなら、上図の石製容器が最古ということになる。

思っていたよりもナツメヤシの自然な描写というのが少なく、生命の樹としての象徴的表現が、古くから行われていたことがわかった。

関連項目
ギリシアの生命の樹の起源はアッシリア
アクロテリアは生命の樹
パルテノン神殿のアクロテリアがアカンサス唐草の最初
サッカラの階段ピラミッドへ
テッサロニキ2 ビザンティン時代の城壁

※参考文献
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年小学館
「大英博物館 アッシリア大文明展 芸術と帝国 図録」 1996年 朝日新聞社
「四大文明 メソポタミア文明展図録」 2000年 NHK
「山渓カラー名鑑 日本の樹木」 1985年 山と渓谷社
「ラルース 世界歴史地図」 ジョルジュ・デュビー 1991年 ぎょうせい