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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/08/05

仏像台座の獅子4 クシャーン朝には獅子座と獣足



獅子座はクシャーン朝の仏像にも見られるが、今まで見てきた記憶からは、マトゥラーの方が獅子の表現が動物らしかった。
マトゥラー仏を遡って見ると、

仏坐像 3世紀 サヘート・マヘート出土 砂岩 高さ0幅20奥行8㎝ ラクナウ州立博物館蔵
『インド・マトゥラー彫刻展図録』は、台座獅子が、頭を上框まではみ出させ側面に胴体を作るのも、新しい段階に入ったことの現れであろうという。

これ以前のマトゥラー仏は、獅子は前面にのみ表されていたらしい。
獅子は左右で姿勢が違うが、どちらも舌を出している。

仏三尊像 2世紀 アヒチャトラー出土 砂岩 高さ72幅47奥行12㎝ ニューデリー国立博物館蔵
『インド・マトゥラー彫刻展図録』は、台座は、中央の菩提樹を挟んで右手をあげる供養者を2人ずつ表し、両脇に獅子が外向きに座る。上下の框にプラークリット語の銘文を3行にわたって刻すという。

菩提樹を守るためにつくられた獅子の石像をそのまま写したようだ。

仏陀坐像 2世紀 北インド、カトラー出土 マトゥラー博物館蔵
『獅子』は、ライオンを下に置き、まさに猊下の仏像。ナーガ竜に並んでライオンも仏法を守護する役目を負っていたという。
同じ姿勢の獅子が左右に横向きで表されるだけでなく、台座中央にも正面向きで表される。
それは同じくマトゥラー出土の仏坐像の台座にも見られる。

四天王奉鉢 マトゥラー、イーシャープル出土 1世紀 砂岩 高さ50幅21奥行9㎝ マトゥラー博物館蔵
『インド・マトゥラー展図録』は、1世紀に中央アジアから北インドに至る一帯を支配したクシャーン朝の時代になって、マトゥラーではパキスタンのガンダーラと並んでほぼ同時に仏像の制作が始まり、仏教美術は大きな転換期を迎えた。赤色砂岩を用いたマトゥラーの初期仏像は、大きく見開いた目、張りのある顔の表情、がっしりとした体つきなで、それ以前から民間で信仰を集めてきたヤクシャ像の影響を強く受けた造形となっている。

マトゥラーの仏伝図では、古くは聖樹その他によって仏陀の存在を暗示してきたが、単独の仏陀像に先立って仏陀の姿を表現するようになったらしい。「四天王奉鉢」も古様な作品であり、結跏扶坐する仏陀の像容はカトラー出土の仏陀像と共通する。 
欄楯柱と思われる部材の一部。悟りを得た後の釈迦に、商人が布施をしようとしたが、それを受けるための鉢がない。そこに四天王が鉢を持って現れ、釈迦に鉢を献じた。釈迦は右手施無畏印、左手は拳を作って腿の上に置き、一対の獅子が支える須弥座上に結跏趺坐する。須弥座の上框が多層化していてあたかもストゥーパの兵頭を思わせ、獅子の位置も座の腰部ではなく下框のさらに下にあるという。
これは欄楯に表された仏伝図の中の一場面で、表された釈迦はどちらかというとずんぐりしている。欠落があって顔がどんなだったかわからないが、オリジナルの顔は上のマトゥラー仏とは違っていたのではと思うような印象をうける。
その点、左右対称に表された獅子は、熟れた表現となっている。

マトゥラーでは、サマート・マヘート出土の仏坐像(3世紀)は前を向いた獅子だったが、それ以前の獅子は左右の外側を向いている。
ガンダーラではどうだろうか。

仏坐像 3-4世紀 ガンダーラ 灰色片岩 高さ96.5㎝
『ガンダーラとシルクロードの美術展図録』は、両端にライオンを配した獅子座は西アジアに起源し、王権の象徴であった。仏教でも仏陀や弥勒菩薩の台座に用いられた。衣を台座正面に垂らす裳懸座はガンダーラに生まれ、東漸した表現であるという。

ギリシア・クラシック期に始まった翻波式衣文がはっきりと現れている。
獅子は前向きに彫られているが、頭部は内側を向いている。

弥勒菩薩坐像(仏伝図うち) 2-3世紀 パキスタン、タキシラ出土 片岩 タキシラ考古博物館蔵
『ブッダ展図録』は、獅子座に坐して左手に水甁を執る菩薩像。両側に王侯風の神々たちが菩薩の説法を聴聞し、バルコニーからも神々たちが顔をのぞかせる。おそらく兜率天上の弥勒菩薩を表したものであろうという。

獅子座を大きく示そうとして、弥勒の説法を聴く神々の姿は省略してしまった。
弥勒は菩薩らしく上半身裸体ではなく、偏袒右肩のような衣を着け、獅子座に結跏扶坐している。
破損しているが、弥勒の頭上には天蓋のようなものがあって、椅子の両側から出た柱状のものと繋がっていたような痕跡がある。また、獅子は家具の一部というよりも、椅子に坐す弥勒菩薩を護る動物のように、体は正面向きだが頭部は内側を向いている。

釈迦坐像 1-2世紀 ガンダーラ出土 片岩 高さ52㎝ ベルリン、インド美術館蔵
『世界美術大全集4ギリシア・クラシックとヘレニズム』は、ギリシア美術(あるいはグレコ・ローマン美術)の影響が最も顕著な作例の一つと見なされている。それは波うつ頭髪の描写、左肩から右脇腹へと弧を描いて伸びる襞の表現、襞の端のギリシア文字Ω型の処理方法などに顕著に現れている。獅子座の左右の獅子は、インドではなく西アジア産の獅子(ペルシア・ライオン)を表したものであるが、古オリエントでは帝王の象徴となっていたという。
翻波式衣文はまだ顕著ではなく、右膝に見出せる程度。
小さなライオンだが、たてがみや顔貌の表現に迫力がある。側面が見えないのでよくはわからないが、ライオンは立っているようだ。

このように、ガンダーラでは、仏像制作の初期にも獅子座は見られるのだが、妙な獅子座もあるのだった。

仏坐像 3-4世紀 ガンダーラ、サハリ・バハロール出土 片岩 高さ69幅46奥行14㎝ ペシャワール博物館蔵
『パキスタン・ガンダーラ彫刻展図録』は、サハリ・バハロール遺跡は、マルダーンの北西約12㎞にある。小丘群に、都市遺跡と10数箇所の仏教遺跡が点在する。
本像は、通肩にまとい、禅定印を結んで坐す釈迦如来。
台座は刳り形と獣脚を組み合わせた形式の脚をもち、布がかけられ、クッションをのせている
という。

ここでは獅子ではなく、台座の獣足だった。

2弥勒菩薩坐像 2-3世紀 ガンダーラ出土 片岩 高さ78.0㎝ 松岡美術館蔵
『仏教の来た道展図録』は、獣足脚をもつ方形台座に結跏扶坐し、禅定印を結び、手指の間に水甁を挟み持つ菩薩像。ガンダーラでは、頭髪を束ねて結い、水甁を持つ菩薩像は弥勒と推定されるという。

3段の刳り形の下、獅子の足の上に表されたグリグリは何だろう。

弥勒菩薩坐像 2-3世紀 サハリ・バハロール出土 片岩 高さ109幅70奥行24㎝ ペシャワール博物館蔵
『パキスタン・ガンダーラ彫刻展図録』は、台座の脚は、デフォルメされた獅子をかたどっている。典型的な盛期のガンダーラ様式を示す佳作で、体軀の肉取りは写実的で力強く、流麗な衣文表現が印象的であるという。

衣文は翻波式で、様式化されてしまった感がある。
奈良国立博物館で開催された『インド・マトゥラー彫刻展』を最初に、続いて『パキスタン・ガンダーラ彫刻展』を見た。その時はこの仏像の獅子座の妙なものを、マトゥラーから伝わった獅子座を表現しようとしたが、ガンダーラの工人はライオンを見たことがなかったので、こんな奇妙な獅子になってしまったのだと思ったものだった。
それにしても、これは獣足なのか、獅子座なのか。ライオンの頭部らしきものが上にあるので、やはり獅子座だろう。

マトゥラーでは獅子座だが、ガンダーラでは獅子座と獣足の2種類があった。獣足は獅子をデフォルメしてできた形というよりも、実際に椅子などの家具の脚にありそうだ。

   仏像台座の獅子3 古式金銅仏篇←       →獅子座を遡る

関連項目
ギリシアとヘレニズムの獣足
獣足を遡るとエジプトとメソポタミアだった
仏像台座の獅子2 中国の石窟篇
仏像台座の獅子1 中国篇
翻波式衣文はどこから
身体にそった着衣はインドから?
クシャーン朝、マトゥラーの涅槃図浮彫
前屈みの仏像の起源

※参考文献
「平山郁夫コレクション ガンダーラとシルクロードの美術展図録」 田辺勝美監修 2002年 朝日新聞社
「ブッダ 大いなる旅路展図録」 1998年 NHK
「インド・マトゥラー彫刻展図録」 2002年 NHK
「パキスタン・ガンダーラ彫刻展図録」 2002年 NHK
「仏教の来た道 シルクロード探検の旅展図録」 2012年 龍谷大学龍谷ミュージアム・読売新聞社
「獅子 王権と魔除けのシンボル」 荒俣宏・大村次郷 2000年 集英社
「世界美術大全集4 ギリシア・クラシックとヘレニズム」 1995年 小学館