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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/06/12

イッシュヒッド宮殿の壁画に羊文



サマルカンド歴史博物館に再現されているイッシュヒッド宮殿の壁画(7世紀後半)には、人物の衣裳に連珠円文が多く使われていた。中には咋鳥文やシームルグ文などもあったが、羊文もあることを想像復元図で知った。
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左に描かている羊文がこのようだったという。
角は左右に開いて曲がり、顎鬚があり、咋鳥が銜えている首飾りのようなものをして、その端についたリボンが風で靡いている、体には鋸壁文のようなものがある。
見るからにササン朝っぽい。

連珠円文の中に動物が表された文様については、すでに以前にまとめている。
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『古代イラン世界2』で横張和子氏(古代オリエント博物館)は、連珠円文意匠はサーサーン朝錦としては例外とさえ見えるのである。サーサーン朝の連珠文はしかるべき意味(フヴァルナー)をもつものであったが、しかし装飾の典型とはしなかったようである。それを典型的にしたのはむしろソグド錦であったのではないかと考えているという。
ではこの文様はササン朝だろうか、ソグドだろうか。

牡羊文錦 7世紀前半 エジプト、アンティノエ出土 リヨン歴史織物博物館蔵
『季刊文化遺産13古代イラン世界2』は、牡羊は王国の幸運と繁栄を意味するフヴァルナーであったという。
イッシュヒッド宮殿の壁画より少し早い時期に、ササン朝で織られた錦。
角が非常に大きいが、頸飾りをするなど、よく似ている。

石棺床色板部分 北周~隋時代(6-7世紀) 石製 個人蔵 
『天馬展図録』は、遺体を安置するため、地下の墓室内に設置されたベッド状の台を「棺床」と呼ぶ。墓主は国際商人として中央ユーラシアの東西を往来し、ゾロアスター教を信仰したソグド人であった可能性が高い。
本品にみられる円形連珠文に天馬を配した意匠はペルシアに起源をもち、ソグド人によって、その故地であるブハラ、サマルカンドなど中央アジアのオアシス都市を経て、中国にもたらされたと考えられているという。
ここでは、連珠円文の中に天馬が表された意匠がペルシア起源であるとしているが、連珠円文に羊という意匠についてはペルシアだろうか、ソグドなのか。
また、この首に結んだリボンがなびく牡羊という意匠もまた、ペルシアに起源を求めることができるのだろうか。

双羊文錦覆面部分 高昌国時代(460-640) トルファン、アスターナ出土 新疆ウイグル自治区博物館蔵
『中国美術全集』は、緑の地に白い羊文があり、黄色で耳・角などの細部を表現し、羊の腹と足に紅色を飾り、配色に躍動感を与えている。双羊は立って鳴いている姿であるという。
頸飾りはなさそうで、リボンは風になびくものではなくなっている。もはや、それがかつてリボンだったことさえ、織り手はわからなかったのでは。

霊獣灯樹文錦 五胡十六国-麴氏高昌国時代(5-6世紀) 絹 アスターナ186号墓出土
『シルクロード絹と黄金の道展図録』は、雄々しい角を持った雄羊ではあるが、頸にはササン朝の動物にしばしば登場するリボンをなびかせるという。
首輪についたリボンが風になびいている。体の文様も鋸壁文風で似てるが、長い角は後ろに伸びている。

現在の中国の領土には、早くから牡羊文が入ってきて、それが新たな意匠として展開している。
一方、ササン朝でも、頸飾りもリボンもない牡羊は早くから登場している。

ペーローズ1世牡羊狩り文皿 ササン朝、5世紀末 イラン出土 銀、鍍金 径21.9㎝ メトロポリタン美術館蔵
『世界日大全集東洋編16西アジア』は、帝王が数頭の牡羊を追跡して狩るいわゆる追跡型狩猟の典型的な図柄を表している。帝王は2つの矢狭間と三日月よりなる王冠をかぶり、その上に大きな三日月と球体装飾を戴いている。

獲物は危険性が少ない羊で、しかも2頭が生存、2頭が死亡した状態で合計4頭描写されているが、このような図柄はササン朝中期から後期の銀製皿の特色であるという。
馬が前肢と後ろ肢を大きく広げて駆ける様子は、宮殿北壁の壁画にも見られる。ソグドは様々なものをペルシアから採り入れたことがこのような作品からも見て取れる。
外向きに曲がった大きな角をもつ羊も、すでにペルシアでは描写されている。
しかし、羊ノ首にリボンが付いたのがいつかはわからない。

おまけ
羊木臈纈屏風 8世紀 絁 正倉院蔵
角は大きく巻いているが、首には頸飾りもリボンもない。
日本には牡羊文は入ってきたが、そこには頸飾りもリボンもなかった。

ササン朝の首のリボンはゾロアスター教

関連項目
連珠円文は7世紀に流行した
連珠円文は7世紀に流行した2
アフラシアブの丘 サマルカンド歴史博物館4

※参考文献
「AFROSIAB」 2014年 Zarafshon
「中国美術全集6 工芸編 染織刺繍Ⅰ」 1996年 京都書院
「季刊文化遺産13 古代イラン世界2」 2002年 財団法人島根県並河萬里写真財団
「天馬 シルクロードを翔る夢の馬展図録」 2008年 奈良国立博物館
「シルクロード 絹と黄金の道展図録」 2002年 NHK
「正倉院裂と飛鳥天平の染織」 松本包夫 1984年 紫紅社