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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/11/21

タフテ・スレイマーンのタイル


タフテ・スレイマーンには8点星や十字形のタイルを組み合わせた床があり、現在ではタイルは失われて圧痕が残っているということを『砂漠にもえたつ色彩展図録』で知った。
だから、この遺跡で一番見たいものがこの圧痕だった。
同展図録で枡屋友子氏は、1270年代にイルハン朝第2代君主アバカによってイランのアゼルバイジャン山中に建設された宮殿タフテ・ソレイマーン(ペルシア語で「ソロモンの玉座」を意味するが、後世につけられた名称)である。これは現存する唯一のイルハン朝宮殿で、1950年代から70年代までのドイツ考古学研究所の発掘により、およそ100種類の異なった型から作られたタイルが使用されていたことが明らかになった。装飾プログラムに用いられたタイルの種類は、床タイル、腰羽目、フリーズ、ボーダー・タイルといった内壁用タイル、及び外壁用タイルと幅広かった。使用された技法は、ラスター彩、ラージュヴァルディーナ、単色釉、多色釉であった。一つの同じ型から作られた浮彫りを持つタイルを、それぞれ単色釉、ラスター彩、ラージュヴァルディーナと3つの異なった技法で仕上げる場合もあった。また、タフテ・ソレイマーンの敷地内にタイル型を含む陶器工房と窯が発見されたので、タイルの大部分がそこで制作されたことがわかったという。
窯跡は見た記憶はない。
同書は、使用されたラスター彩の様式はカーシャーンのものと酷似し、カナダ王立オンタリオ美術館のメイソン博士の分析によれば、腰羽目タイルの胎土と釉薬の成分はカーシャーン産のラスター彩陶器のものと一致した。
従って、カーシャーンの陶器工房について次のような重要な事実が明らかになる。なすわち、タイルの生産はカーシャーンという陶器生産地で制作されたものが使用される場所に運ばれただけではなく、カーシャーンの陶工が出張してタイル生産を行うこともあったということ。カーシャーンの陶工はラスター彩タイルのみならず、単色釉タイル、ラージュヴァルディーナ・タイルなど様々な技法のタイルも生産していたということであるという。
カーシャーンからタフテ・スレイマーンまで、直線距離でも466㎞ほどある。
カーシャーンの陶工たちは、陶土や釉薬の材料と共に、タフテ・スレイマーンにやってきたのだろう。
で、添乗員金子氏にその旨を伝えると、女性学者に話をつけ、見せてもらえることになった。それは⑦西イーワーンで発掘調査している場所にあった。

行ってみると切石積みのサーサーン朝の壁面とイルハーン朝の遺跡の間を調査中だった。
この地下深くに図録に掲載された写真のところがあるのだそう。
女性学者が発掘隊長に聞くと、地下は調査中なので入れることはできないが、タイルの圧痕は近くにも残っているとのこと。
反対側(サーサーン朝のイーワーン内部)からみた遺構。
右側の切石積みの壁面下方に、粘土または漆喰が、波のうねりのように厚く貼り付けられた箇所がある(というか、それだけしか残っていない)。
そこに、六角形、8点星を初め、幾何学形を組み合わせた、サーサーン朝期にはない、イスラームの幾何学文様が見て取れる。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、タフテ・ソレイマーン出土のタイルは殆どが断片ばかりで、発掘以前、しかも前近代にタイルが故意に壁から剥がされた痕跡があった。その一方で、出土タイルと同じ型から作られているが、発掘に由来するものではない、保存状態の良好なタイルが世界中の様々なコレクションに所蔵されていることが注目される。岡山市立オリエント美術館を始めとして、日本にも非出土タイルが数多く所蔵されているという。このような圧痕がそれを物語っている。
こちらの方には6点星がはっきりとわかる。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』に記載されている8点星・十字形・変形六角形(ロセッタ)だけではない、多様な幾何学形のタイルを組み合わせた、華麗な壁面がここにあったのだ。

遺跡に付設されている博物館にあった唯一のラージュヴァルディーナ・タイル

浮出し草花文六角形タイル 
照明せいで色がへんになってしまった。ラージュヴァルディーナは藍地金彩と日本では呼ばれるが、金泥で描いたのではなく、金箔を貼り付けているのが、この作品でも見てとれる。白い線で蔓を描いて、葉などを截箔で表しているようなのだが、浮出した文様と截箔は必ずしも一致していない。

浮彫六角形タイル おそらく空色(トルコブルー、照明のため本来の色が不明)
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、タフテ・ソレイマーン出土のタイルには中国風の龍と鳳凰、獅子、鹿が描かれており、イランのイルハン朝は現在の北京を首都とする大モンゴル帝国内の一王国として、中国では皇帝の象徴である両と鳳凰の図像の使用を大ハンから許可されていたようである。図像的にも、歴史的にも中国から直接伝わったことが明白な中国風の龍と鳳凰の図案はその後もイランに残り、中国本来の意味とは異なったイラン的な脈絡で、使用されることになるという。
それほど格調高い文様なのに、地に施釉されているのに、鳳凰が無釉とは妙。釉薬の面がごっそりと剥がれてしまったのだろうか。
金箔なら焼成後貼り付けるので、こんな剝がれ方はしない。

大ハーンから許可された鳳凰文について、日本で所蔵されている作品でみていくと、

鳳凰文8点星タイル 1270年代 ラスター彩 20.9X21.2X1.8㎝ イラン、タフテ・ソレイマーン由来 世界のタイル博物館蔵 
同書は、12世紀後半~13世紀初頭には絵画的な精密描写が特色のミーナーイー技法が盛んであったが、製作技法では、青釉とラスター彩に加えてラージュヴァルディーナが多い。13世紀後半からそれは空色か藍色の地に限られた色数の色釉と金箔を重ねるラージュヴァルディーナ技法に代わられるという。
空中に広がる尾が面の半分を占める。重そうな体部に龍のような角の生えた頭部は、鳳凰文を見たことのない陶工が描いたと思わせる。
鳳凰文8点星タイル 1270年代 ラスター彩 21.2X21.3X1.6㎝ 世界のタイル博物館蔵
軽やかな鳳凰の表現だが、顔面は鳥よりもヒトに近づいた。くちばしから出ているのは、角ではなく、ヒゲのよう。
双鳳凰文浮出し8点星タイル イルハーン朝 14世紀初頭 ラスター彩 27.6X27.1X1.5㎝ イラン出土 個人蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、2羽の鳳凰が旋回して飛ぶ図柄。同時代の陶器にも多いという。 
これまで見てきた鳳凰文とは全く異り、双鳥文という中国の文様が、完成度の高い表現となっている。中国から将来された作品を真似たものだろうが、すでにイルハーン朝末期のものである。

鳳凰文フリーズタイル 1270年代 ラージュヴァルディーナ 35.2X36.3X2.0㎝ タフテ・ソレイマーン由来 岡山市立オリエント美術館蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、鳳凰文を藍色ラージュヴァルディーナ彩で表したもの。左上隅は鳳凰の首の付け根あたりまで後補という。

鳳凰文フリーズタイル 1270年代 ラスター彩 34.0X34.0㎝ タフテ・スレイマーン由来 中近東文化センター蔵
同展図録は、上の文様帯の蓮華文も13世紀後半の特徴的モティーフというが、蓮華には見えない。
鳳凰文フリーズタイル 1270年代 ラスター彩 35.5X36.5X1.3㎝ タフテ・スレイマーン由来 個人蔵
本作品の上の文様帯の方が蓮華っぽい。
全般に、フリーズタイルの鳳凰は頭部が小さく表され、バランスが良いが、8点星タイルの鳳凰は、頭部が大きすぎる。陶工が別人だったのかも。

次は龍文についてと図版を探したが、1点しかなかった。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、龍文のフリーズタイルも世界のタイル博物館に青釉1点、個人蔵の下半部は別タイルにラスター彩1点があるという。

龍文8点星タイル 1270年代 空色ラージュヴァルディーナ 21.2X20.2㎝ タフテ・スレイマーン由来 中近東文化センター蔵
龍の体にも金箔が貼られていたらしい。

同展図録は、今までのセルジューク朝~イルハン朝タイルの研究から、一つの型から作られたタイルは特定の建物の装飾だけに用いられ、他の建物に使用されることはなかったことが知られているので、こうした非出土タイルも本来タフテ・ソレイマーンを飾っていたものと想像される。それが近代以前に建物から剥がされ、別の建物に再利用されたのが再び剥がされて美術市場に現れたらしい。出土タイルの保存状態が劣悪であるため、非出土タイルのカタログ化、浮彫りデザインの分析は、重要な今後の課題であるという。
剥がされ再利用された時、及び再び剥がされて美術市場に出回った時にはかなり丁寧に扱われたおかげで、状態の良いものが残った。今で言えば盗掘だが、こんなこともあるのだ。

ラージュヴァルディーナ・タイルとは
           →アルメニア博物館のラスター彩はタフテ・スレイマーンの後

タフテ・スレイマーン出土のタイルについての記事
ラージュヴァルディーナはタイル以外にも

関連項目
タフテ・スレイマーン2 博物館
タフテ・スレイマーン1 サーサーン朝とイルハーン朝の遺跡

※参考文献
「砂漠にもえたつ色彩展図録」 2003年 岡山市立オリエント美術館