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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/05/03

ボストン美術館展3 如意輪観音菩薩像

馬頭観音菩薩像(12世紀中頃)は截金や箔押しが多用された仏画だった。中には、截金の枠に囲まれない文様ができるなど、新たな截金の装飾が見られた。
普賢延命菩薩像(12世紀中頃)は着衣の截金は少ないが、光背に切り箔だけで構成された截金文様が複数見られ、それは11世紀中頃には成立していた截金装飾が受け継がれてきたものだった。
同じ時期に截金の雰囲気の異なる仏画が存在するのは、絵仏師の系統の違いだろうか。では、この如意輪観音菩薩像には、どんな截金がみられるのだろう。

如意輪観音菩薩像 絹本着色 縦98.8横44.7 平安時代(12世紀) 1911年寄贈 フェノロサ・ウェルドコレクション
同展図録は、如意輪観音は、本図では腹前に持っている如意宝珠と画面上方に捧げている法輪の力により、われわれ人道を含めた六道を転生して苦しまなければならない衆生を苦から救い、その願うところのものを生み出すという菩薩である。
菩薩の顔や体の輪郭線は柔らかさと張りの両方を兼ね備え、体や台座にまとい垂れかかる装身具・着衣の線は、勁い存在感の中に優美な軽やかさを表現していてみごとである。神々しくも優艶な体の黄色、そして何よりも着衣や装身具、菩薩が座る蓮華座の巧緻な装飾はこの世ならぬ美しさをもっているという。
暗い背景が黄色い体を引き立たせている。これは黄色ではなく、肉身の黄白色も実は金色に輝く体軀を表現している『絵は語る2仏涅槃図』より)という。
体だけでなく、着衣のところどころに金色が見られるようだったが、単眼鏡で探しても、衣文線や頭部から発せられる放射状の線などに截金が見られたものの、文様としての截金を見付けることはできなかった。
装身具の金具部分には金箔、衣の襞の線は細く切った金箔(切金)が使われているが、この金の使い方はさらに時代の下がった仏画に比べると控えめである。銀(現在は黒く見える)を含む赤、緑、青、紫などの絵具が主体になって、それらが微妙な調和の中で使いこなされていることに注目したいという。
銀というのは銀の截金のことだろうか?瓔珞をつるす線などに用いられている。
やっぱり衣文線にしか截金は使われていなかったのか。細部を見ると、

条帛は地文のない彩色花文、縁飾りも亀甲繋文風に彩色されている。
亀甲繋文についてはこちら
左膝頭を覆う衣にも、裙にも截金の文様はない。裙の縁取りの亀甲繋文も彩色だ。
斜めに伸びる紐状のものには網文があるが、その線に太いものと細いものとがみられるので、これも截金ではなさそうだ。
網文についてはこちら
膝の衣文は平面的で現実のものとはかけ離れているが、蓮台にかかる裳の細かく柔らかなドレープの盛り上がりは、薄絹ならこうもなるだろうと頷かせる。
足元に垂れる緑色っぽい布にも截金の文様はない。
残るは蓮弁の葉脈だが、これも線に肥痩があって截金ではないことがわかった。
遠くから見て截金の文様に見えたのは、首に提げた瓔珞を始め、足首や蓮台にまでかかる垂飾の四角形の切り箔だったようだ。
この如意輪観音菩薩像は、着衣に截金文様がないという点や、頭部に切り箔だけの花文があるという、それまでに見られなかった截金が見られることから、馬頭観音菩薩像や普賢延命菩薩像とは異なった絵仏師の制作だったのだろうか。


図録で頭部を見つめていると、花文のようなものが幾つかあった。これは楔状の切り箔を組み合わせた菊花文のような文様だろう。化仏や宝飾品の金色よりも黒っぽいので、馬頭観音菩薩像にも用いられたという、金と銀の合わせ箔を使ったものと思われる。
これは、金剛峯寺蔵の応徳涅槃図(1086年)にも見られる主文の菊花丸文と同じ手法で、京都国立博物館蔵の釈迦金棺出現図(11世紀末)にも見られる。

同書は、このような特色から、制作時期は12世紀も前半にさかのぼるとする見解があるという。
前半といえば、東寺旧蔵十二天図(現京都国立博物館蔵)の制作年太治2年(1127)とほぼ同時期の作品ということになるが、東寺旧蔵十二天図は、地文截金主文彩色という非常に装飾的な着衣表現になっている。
この如意輪観音菩薩像は十二天図とは別の系統の絵仏師がかかわった作品で、その系譜が12世紀中頃(以前は後半とされていた)の普賢延命菩薩像へとつながっていったのかも知れない。

つづく

関連項目
ボストン美術館展8 法華堂根本曼荼羅図4 容貌は日本風?
ボストン美術館展7 法華堂根本曼荼羅図3 霊鷲山説法図か浄土図か
ボストン美術館展6 法華堂根本曼荼羅図2菩薩のX状瓔珞
ボストン美術館展5 法華堂根本曼荼羅図1風景
ボストン美術館展4 一字金輪像
ボストン美術館展2 普賢延命菩薩像
ボストン美術館展1 馬頭観音菩薩像
東寺旧蔵十二天図7 截金6網文
東寺旧蔵十二天図4 截金3亀甲繋文
釈迦金棺出現図の截金
応徳涅槃図の截金

※参考文献
「ボストン美術館 日本美術の至宝展図録」 2012年 NHK
「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展図録」 東京国立博物館・京都国立博物館 1983年 日本テレビ放送網株式会社
「絵は語る2 仏涅槃図」 泉武夫 1994 平凡社